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スペイン口福の裏通り


メルカドの雑踏を抜けだし、バルセロナのチノ地区にある「リンコン・デ・アラゴン」に入った。早めのランチのつもりだった。オヤジはカウンターの向こうから、ワタクシが頼んだタラ料理を、大皿に載ったままヌッと突き出して見せた。その顔は「旨いぞ、味は保証する」とでもいう表情だ。場所はバルセロナとは言え、アラゴン料理の店のオヤジがタラ、もといバカラオ料理を自慢する。そんなバカな。アラゴンって海無いじゃん。バルセロナは海に面するけど、バカラオは地中海の魚ではない。北方の海の魚だ。

スペインではバカラオ、隣国ポルトガルではバカリャウとよぶタラ。仲間は12属25種あると言われ、ほとんどが深海魚。寒帯や亜寒帯の海が彼らの故郷だ。貝や小魚を捕食する肉食なんだそうで、この文を書いている人と同様に食い意地があまりよくない。でもって「たらふく=鱈腹」の語源になったんだとか。その脂肪が多く柔らかい白身は食材として広く好まれ、わが国では特に京名物<いも棒>の材料として有名。だが痛みが早い。

そんな魚を、スペインやポルトガルの人たちは塩漬けの干ダラにして食す。無論、保存性を考えてのことだ。市場にはドッカーンと積み上げた灰色の毛布かカーペットのよう干ダラの山に出会う。それらは注意深く塩抜きされアル・ピルピルやビスカイナといった 料理に変身するのだ。ポルトガルともなると365日異なったタラ料理を食べられるほどのレシピがあるんだとか。もう国民食と呼ぶに値する。とはいえ輸入に頼る高価な食材だ。

で、なんでこんな高価な食材がスペインやポルトガルに定着したんだろうか? ワタクシはイギリスの兵士が普及させたと推測する。時は17、18世紀。アッチに味方したり、コッチに敵対したり、フランス軍とイギリス軍がイベリア半島に何度か侵入した。この時のイギリス軍の兵糧が塩漬け干ダラだったのだ。きっと。何といってもフィッシュ・アンド・チップスのお国。1970年代にはアイスランドと3度に及ぶタラ戦争(ひいてはフランスと英仏海峡大陸棚紛争を起こすことになる)という事態になったのだ。

ワタクシども日本人がスペインの食べものに親近感を持つ最大の理由は、共に魚介料理を好むという点にあり、バカラオ料理に舌鼓を打つ。でもイベリア半島におけるタラの歴史に想いを馳せるとき、日本人のマグロに似た状況を思い、チョット複雑な気分なのだ。  

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ぺぺ・デル・カンポ 文・写真

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