サブカテゴリ:シェリーを造る人鼻が一番

「エミリオ・ルスタウ」のボデガは入り口のパティオも、ボデガも、通路も、どこも整然としている。眼光鋭いマヌエル・ロサノと、白い箱のような飾り気のない事務所で事務机をはさんで向き合った。ジーッと目線が合う・・・。
だからと言って怖い人ではない。「こんにちは~!」と挨拶すると、そこはアンダルシア人、「お~!」という感じで、眼は鋭いままだが、愛想はいい。
彼はヘレスのぶどう栽培と醸造技術学校で勉強した後、1974年、19歳でエル・プエルトにある「テリー」というボデガに入社した。そして若干27歳でカパタスの長になった。ワインとブランデーと樽工場の責任者だ。その後「ジョン・ハーベイ」に移り、1999年、現在の「ルイス・カバリェーロ」社に来た。「エミリオ・ルスタウ」はその傘下にあるため、彼が総責任者としてルスタウのワインも担当している。
「26年間もカパタス長をしているんだよ」とマヌエルは自信に満ちた口調で言う。異なった形態のボデガでワイン造りを見てきた経験が、今、ルスタウで生かされている。
「テリーは家族経営だった。ハーベイは国際企業だった。そして今はまた家族的な企業に戻ってきた。」ルスタウはアルマセニスタのシリーズを出すなど、大変バラエティーに富んだ多数のブランドを持つメーカーだ。「90年代からシェリー・ビジネスは変わった。量よりに質に移行した」という。
彼はかつてワインを樽で発酵していた時代を体験している。樽一つ一つを試飲してワインを選別した。それは先輩のもとで身を持って学んだ。樽の鏡板にチョークで、良いものにはパロ(棒)を1本引く。それが繊細に育っていくと羽のように上のほうに線を加える。これがパルマ。フィノになる印だ。
「Donde va nariz no hay tecnologia.」いかに技術が発達しても鼻に勝るものはないという。
「今には今のやり方があるさ。」とマヌエル。だが、「樽発酵していた頃は、いろいろなタイプのシェリーがあった」と昔を懐かしむ。「でも、ルスタウでは様々なタイプのワインを造っているからね。」と慰められているようでもあった。
エミリオ・ルスタウ社はシェリー地域の主要3都市のワインを発売していて、テイスティングではいつもサンルーカルのマンサニーリャとエル・プエルトのフィノとヘレスのフィノの違いを感じさせてくれる。
<あけひよしこ>


