サブカテゴリ:シェリーを造る人ヘレスっ子、エドゥアルド

「生まれたのはバリオ・デ・サンティアゴ、ヘレスの中心だよ。」というエドゥアルド・オヘダ・セブリアンは「ホセ・エステベス」の製造部長だ。
彼は生まれたときからボデガに囲まれて生活していた。サンティアゴ地区は今ではフラメンコ地区として知られる。この地域を走るアンチャという通りにはかつて鉄道が走っていた。それはボデガからワインを出荷するために引かれた鉄道だった。「40年前は、線路があったんだよ。」とエドゥアルドは懐かしそうに昔の写真を取り出した。
彼は今年52歳。もともとボデガ関係のファミリーではなかったが、身の回りには常にシェリーの香りがあった。学校で専攻したのは醸造学ではなく化学。1980年にヘレスのぶどう栽培・ワイン醸造研究所に就職した。そして83年、今は「ゴンサレス・ビアス」社傘下になっている「クロフト」社に移った。ここで醸造技術者として現場での仕事を身につけていった。「ボデガで学ぶことは多かった。一緒に働く仲間からもすごく学んだ。ここで“私はボデガ人間だ”という確信を持った」という。
次の転機は2000年だった。「ホセ・エステベス」社が「バルデスピーノ」社を買った。「ホセ・エステベス」はヘレスの郊外に新しいボデガを建設し、町の真ん中にあった「バルデスピーノ」のワインを全て移そうという計画だった。その移転に当たって、エドゥアルドは招聘されたのだ。
「バルデスピーノは子供の頃遊んでいたところだから愛着があってね。その移転には携わりたかった。」樽の中のワインを出して、空にした樽を前のボデガから新しいボデガに移動し、それにもと中に入っていたワインを戻す。全部のワインを移動するのに3年かかった。その間、樽職人10人が古い樽を全て修理していった。「樽はボデガの宝だよ」とエドゥアルド。バルデスピーノ用のワインは今も昔と同じように樽で発酵させている。「ヘレスっ子はこういうことを孫の代まで語り継がなくちゃいけないんだよ。」
2007年、「ホセ・エステベス」はサンルーカル・デ・バラメダのマンサニーリャのボデガ「ラ・ギータ」を買った。
「サンルーカルは全く違った伝統と文化を持っている。マンサニーリャもフィノとは違う。これからも学ぶことはたくさんあるよ。」とエドゥアルドは似て否なる隣町のワインの世界に闘志を燃やしている。

<あけひよしこ>


