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Bodegas

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シェリーを造る人


まっ白な壁に挟まれた石畳の小道を下ると、小さな広場に行き当たる。プラサ・デ・シロス。かつては何もない単なる空き地のような広場だったが、今や青空駐車場と化している。その前にあるのが「マエストロ・シエラ」だ。ここは前と変わらない。ま、ちょっと近代化した、と言ってあげたい。
一面まっ白な壁のなかにあざやかな緑に塗られた木の扉が嵌っている。脇の分厚い白壁にベルが付いている。これを押す。しばらく待つ。すると中から人の気配が感じられて扉が開く。真っ暗ななかから顔を出したのはピラール・プラ・ペチョビエルト。このボデガの女主人だ。
彼女はかつて「ビウダ・デ・アントニオ・ボレゴ」と呼ばれていた。「アントニオ・ボレゴの未亡人」そう、彼女は夫に先立たれたために、止む無くボデガを率いることになったのだ。28年ほど前のことだった。
「それまでボデガにはめったに行かなかったし、ボデガの仕事なんか何も知らなかったのよ」
ただ毎日泣いて暮らしていた彼女を勇気付け、一念発起させたのは母親と娘だった。ボデガで働いていたのは4人の男性。当時の男性は女性が上に立つことを嫌った。だが彼女は家族や友達や醸造家、そしてなによりも顧客に支えられながらゼロからシェリー造りの全てを学んでいった。
ヘレスではシェリーの大手メーカーが国際企業に買収されるのは珍しくない。そんな状況を見ていた彼女は決心した。「ここにあるのは夫が残してくれた宝物。私はこれを守らなければいけない!」
こうして彼女は伝統を継承し、昔のものは何も変えることなく維持している。「醸造家も同じ人、カパタスも同じ人。いつも最上のモスト、最上のアルコール(酒精強化用)を買い付けるの。」
ピラールの最近のご自慢は「近代化したのよ」というボトリングラインと倉庫になった新しいスペース。といっても以前は境のパーテーションがなかっただけで、同じところに同じものが置いてあるようなのだが・・・。
彼女を最初に訪ねたのは多分もう15年以上も前だと思う。かくしゃくとした威厳のある姿が印象的な女性だ。ヘレスのマドンナ。その姿勢は今も変わらない。でもやっぱり少し年を取ったかな・・・。あとはセビーリャ大学の教授でもある娘のマリア・カルメンが継ぐことになっている。マドンナ二世。彼女は5代目オーナーになる。


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<あけひ>

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